セゾンさゆりのブログ 2026.2.12

ベアードビールファンの皆様へ、

125日(日)に東京の両国へブライアンと一緒に訪れました。目的は昨年11月に73歳で亡くなった「麦酒倶楽部ポパイ」の創業者、青木辰男さんを偲ぶ会に参加することでした。当日は全国からブルワリーや飲食店関係者、常連客など200人が参列し、花を手向け、手を合わせ、それぞれの祈りを捧げ、青木さんへの感謝の気持ちを伝え、最後のお別れをしてきました。

麦酒倶楽部ポパイといえば、地ビール解禁になった1994年当初より地ビールを扱い始め、今から10年ほど前にはタップ数100を実現した地ビール(今はクラフトビール)の聖地と呼ばれる場所です。その創業者青木さんは、頑固で、はっきりと物事を言う、まさにプロ中のプロでした。

(整然と並ぶタップが圧巻のポパイのカウンター)

ベアードビールも、青木さんとの出会いがなければ、今がないと言っても過言ではありません。まだBryan30Lの仕込設備で醸造していた頃、沼津で面白いビールを造っている外国人がいる、と噂に聞きつけ、沼津のフィッシュマーケットタップルームへ青木さんが訪れたのが始まりでした。その当時はタップルームだけで販売しており、製造量も少なく、樽も30Lの太樽しかなく、外販するなんて、全く考えていませんでした。しかし、Bryanのビールに対する情熱とこだわりに共感し、その味わいも気に入った青木さんは、ポパイで帝国IPAを販売することを即決しました。ポパイでの販売が始まったことで、週末には関東方面からのビール通がベアードビールを飲みに沼津を訪れるようになり、口コミでだんだんとファンが増えていきました。

青木さんとの思い出は、数えきれないほどありますが、本気で意見を言い合い、ぶつかり合ったことは、今ではとてもいい思い出です。なかなか本音で語れる相手がいない今の世の中で、相手の考えを否定するのではなく、自分の意見をしっかりと論じ、とことん話し合う。そして最後には、意見は合わないけれども、相手への尊敬の念を表し、大きなハグと握手を交わして終わる、こんな場面が、イベントやプライベートの場で何度かありました。青木さんは厳しさと優しさが共存した素晴らしい人でした。彼がこの業界に与えた影響は多大なるものがあります。この先ポパイは青木さんの想いを託された城戸さんが、その精神を継承し、また何十年も続いていくと信じています。ポパイを知らない若い皆さんも、是非この聖地へ足を運んでみてください。

地ビール解禁から32年を迎えようとしていますが、果たして青木さんの描いていた日本の地ビール/クラフトビール文化は、日本に根付いてきたのか、ブルワリーのビールの品質は向上してきたのか、市場は、飲み手の質は、成熟してきたのか、全てにおいて、大きな声で確信を持ってYESとはまだ言えないと、私は感じています。

コンペティションやイベントに行くと、ほとんどが、流行りのスタイルばかり。淡色ビールが多く、赤、茶、黒のビールはあまり見かけません。

ドイツやベルギー、イギリスには、「クラフトビール」という言葉はありません。長い伝統と歴史に育まれ、人々の生活や人生に無くてはならないもの、文化になっているから、敢えて言う必要がないんです。日本にビールが伝来してから150年ほどなので、まだ日本の文化として根付くまで、時間がかかると思います。能や歌舞伎などの芸術、宮大工、伝統工芸などの職人文化、伝統を貫きながらも何百年と続いています。このような職人文化を大事にする日本だからこそ、必ずクラフトビールも文化になる日がやってきます。だから今ブームやトレンドで終わらせてはダメなんです。

そのためには、ブルワリーがしっかりと自分たちの個性や技を磨き、品質の向上、人材の教育、お客様への啓蒙、伝達を高い意識をもって行う。そして飲食店も、和食、洋食問わずビールのスタイルに合ったフードペアリングを考えたり、問屋、業務卸も、もっと流通が広がるようコールドチェーンに力を入れたり、業界全体で取り組まなければならないと考えています。

皆さんにできることは、色々なビールを飲むこと。日本に限らず世界のものを。そして味覚を磨いてください。
私達ベアードビールにできることは、伝統的で多様性のある個性的で質の高いビールを造り続けること。季節限定ビールが多いので、つい限定ばかりを選んでしまいがちですが、定番ビールを飲んだ時に改めてその安定した美味しさに気付かされたり、リアルエールの優しい味わいにほっとしたり、私達の奥深いビールへの情熱と愛情を、色々なスタイルを通して感じてもらえたらこの上ない喜びです!

Baird Beer is Passion, Not Fashion今宵もビールで乾杯!

ベアードさゆり

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